もしもし

今ちょっとだけだいじょうぶ?

やっぱり日本語っていいよね

寝る子は育つ?

今週は睡眠時間が平均して4時間くらいだった。
でも、仕事をしすぎているわけではなく、会社のひととご飯を食べる時間や、好きな芸人さんの動画を見る時間を撮ったら、そうなった。これが、意外といけてしまっている。

思い返せば、美大に入った1年生の時は、課題をやっていて深夜1時になると焦っていた。それが学年が上がるごとに、深夜2時、3時と焦る時間が遅くなり、4年生の卒制の頃にはもう朝までやることも「頑張りどきだしな」で終わった。大学院に入ったらそれはそれで、大学に住んでるような先輩たちがいる場所で、時々朝まで一緒にやる楽しさを知ってしまった。と、ここまで書いて、この文章を「学年が上がるごとに覚悟がすわった成長」的にしわけじゃないとなると、どうまとめたらいいのやら。ただ、なんで4時間なくても倒れず、そこまで眠くならずに仕事場にいられるのか不思議でたまらない。これを続けたら倒れるだろうとは思うけど、別にレッドブルとかコーヒーがぶ飲みもしていない。きっと急に「クる」のだろうな。まあどう考えても睡眠時間短いのは良くないです!!!!


東京ビッグサイト

仕事でビッグサイトのイベントにいた。やっぱり大きい会場の展示会が好きだ。高校生の時にデザフェスに行ったり、出たことがあるからだと思う。あの時、ネットでいろんな先輩や作品に出会っていた時期、同じようにリアルで先輩や作品に出会えるビッグサイトのイベントは夢のようで、自分の興味のある方向に、偶然の出会いと共にぐんと引っ張ってもらえるような場所で、私にはとんでもなく刺激的だった。1日歩き回ってぐったり疲れていたね。今も、(残念ながらあの時ほどじゃないけど、)展示会の時だけ出るアドレナリンがある。

今回いたのはビジネスパーソン向けのイベントだったけど、時々学生さんの姿もあった。彼/彼女らにとって、このブースじゃなくても、このイベントのどこかに興味があって何かに繋がったり、繋がらないけどわくわくするものがあったらいいなと思ったりした。展示で張り切ってしまうのはなんでだろうと思ってたけど、そういう老婆心かもしれないね。


きらきら

ビッグサイトの休憩室からは広い東京湾が見下ろせた。13時くらいは、工場を背景にとても見晴らしよく湾が見えて、水面は太陽に当たってきらきらしていた。埋立地だけどね。
「きらきら」っていい日本語だ。ぴかぴか、でも、ぱちぱち、でもない、「きらきら」。派手じゃないけど、ほどよく華やかな響き。静かだけど、光ったり光らなかったりを繰り返して瞬いて、踊ってるようにも見えるあの反射の現象。あれを見て「きらきら」と表した日本人と同じなことがうれしいな。やっぱり日本語って、いいよね。


雪が綺麗と笑うのは君がいい

雪が降った!
実家ふるさと納税したカニ鍋をして(生食のカニ、生まれて初めて食べた、ウマすぎ)、泊まってそのまま会社に行く予定だったけどリモートにした。私の職場は、リモートはご自由にで、理由を述べる場所がない。自由で良い反面、時々「今日いないの?」みたいな連絡が来て怯む。今日も、雪ごときでリモートにするのかと思われるかなとか、まだ若手なんだから出社しろと思われてるかなとか、余計なことを考えるものである。結局何も言われてないけど。私が部下を持つ立場になったら(なる日なんて来るのか)、絶対に、早めにリモートでいいとか、せめてこういう理由で出社してほしいと、前の日の夜に言おうと思った。

実家では「こんな雪ならリモートでいいんじゃない?」とでも言ってくれそうな両親はそんなことは一言も言わなかった。前の日にカニ鍋を食べながら感想を話し合った、「不適切にもほどがある」の昭和の時代を生き抜いた人たちなことを思い出した。夜はひとりでオムライスを作って食べた。リモートの余裕よ。これがかなり、ウマかった。

ケチャップ切らしてたので吹雪いてる中駆け込んだ

今日は今日しかないもんね

今年は日記を書こう。本を読もう。文章に触れよう。

基本的に、いつもさみしい。さみしいから、その代わりに仕事をしているようなもんだと思う。
でもありがたいことに、割とやりたいことでお金を頂いている。もちろんやりたいことと言ったって、心踊ってるわけじゃないしワクワクする瞬間なんて1割あるかどうかだと思うけど、それだって奇跡みたいなことだと思う。
何度でも、私の根っこは義務教育課中に学校に行けなくなったことにあると思い出しては、その時に比べたらある程度のことは苦に感じないかもと思ってる。
しかしわたしが本当にしたいのは生活だ。さみしいとか言って、うっかりするとつい仕事をしてしまう。でも、常々、美味しいごはんを好きなひと(自分を含む)と食べるための人生だと思っている。
それが大前提で、働くとはその生活のためのお金稼ぎだし、がんばったねって言い合って美味しく食べるためにちょっと無茶する日があったりする、というだけだ。
だから最近は大切にしたい時間を無意識に失っている気がして、それは仕方ない部分もあるだろうけど、やっぱりささやかなことをちゃんとことばにして噛み締めていたいしできれば記録したいし、その余力を残しながら仕事をしたいと思った。
と言いながら、一年に一回くらいこういう文章を書いて終わるので、とりあえず年明け早々にきた三連休の日記を書くとしてみる。
別にこれから毎週続けると宣言しないあたり、先行きとしては怪しい。。


・・・


1月7日 土曜日
かな〜り久しぶりに誰とも会わず喋らない1日だった。年末年始は仕事納めのあとすぐ実家にいたから大掃除をし始めた。と言っても今日は風呂掃除だけで自分を許した。
一人暮らしを始めた後、排水溝の掃除をしたことのない人とは付き合わないと心に決めたくらい、この精神的ストレスのかかる作業をやってる人類は偉すぎる。重そうとクエン酸買い足さなきゃ。
そういえばその一人暮らしを始めてから、この春で丸9年だ。間に束の間二人暮らし挟むけど(笑うとこ)。10周年イヤーじゃん。しかしいまだ自分の家事能力の低さを憂うことばかり。すぐ散らかる部屋を見ては10年経ってもこの程度だなと思う。慣れない。
あと募金した。



1月8日 日曜日

なんだか寝付けなかったので昼くらいに起きて、そのまま約束に出かけた。
中学の同級生と、多分7年ぶりに会った!
当時いつもお笑いや音楽の話をしていたり、一緒に何かに不貞腐れたり、共に得体の知れない何かに怒ったりしてた彼女だけど、お酒を一緒に飲むのは初めてだった。ビールが好きと聞いて嬉しかった。だからわたしの好きなビール屋さんに行った!
海外で半年働いてきた彼女と話すと、私はどうしたかったんだっけと、つい何でもない空中を見ながらぼんやり考えてしまう。これから海外で働くことあるかなあ。ないとしたら勿体無い気がするけど、日々の居心地を考えるとなあ。夕方16時に仕事終わったら、何をするだろう。とかとか。そして、中学生から、前回会った7年前から、わたしは何やってきたかななどと考えてきたら、そのくらいでいい具合に酔った。
中3、中学校に行けなかったあの日々、なににモヤモヤしていたのかもう忘れてきたけれど、美術室の前の踊り場で喋っていたあの時と変わらず「なんか似たこと考えててうれしい」気持ちだった。
お互いにあまり好きなものは変わっていなかったけど、自分が携わってる仕事について、「それ好き!」とインスタでDMをくれたのが再会のきっかけの一つでもあって、やっぱり仕事は悪くないなと思った。ただ「思ったよりテレビ愛なくてウケる、私の方があるじゃん」と笑われた。
帰り道では英会話スクールを調べた。



1月9日 月曜日
金髪の永瀬廉に似ている美容師さんに髪を切ってもらった。不定期でお願いする人で、永瀬廉に似ていながら(?)、全然喋らないのがとてもいい。
自分に似合う髪型がよく分からず、マイナーチェンジ以外ほとんどしないので、だいぶ任せられるのもありがたい。ほとんど変わらないけどちょっとだけキレイな髪にしてくれた。ありがとう永瀬廉。

この正月暇な時間でLINEスタンプをいくつか買ってみた。LINEをしない日はないし、ある程度友達になったらLINEしない人はいないという現代において、何の/どんなLINEスタンプを使うかというのはかなりその人のアイデンティティに関わるよなあと思う。
そんなこんなで、サンリオのポチャッコが多分好きなので。これは最近何となく自覚した好意だけど。ポチャッコのスタンプを買ってみた。買ってみたはいいけど、とてもじゃないけど自分のキャラに見合わないかわいさだな… と、眺めた。芸能人でもないのにキャラとやらで自分を縛っていては何も楽しくないよ、と、とはいえさ‥、の反復横跳びをしている。



・・・


(おまけ・三連休明け)
年明け4日目の出社にしてもう行きたくなくなった。なんで昨日も今日も帰宅が0時超えるんだ。


結局だね。

とにもかくにも、良い一年になりますように。

女子の病

子宮内膜症というやつになったよ!
同じ女子のみなさんや、身近な女子を大事にされるみなさんの何かの参考になったら幸いと思い、拙くとも記録を書いておこうと思いました。

[ 発覚まで ]

私は20代半ばで、月経はだいたい普通だけど不順になる時もある、というくらい。ただ、2020年の頭くらいに3ヶ月来なかったことがあって、その時に色々検査してもらったことがある。結果なんともなく、検査結果も出て少ししたら普通に生理が来た。その時に、安心したと同時に「こんなさらっと自分の意思じゃないところで身体の不調"っぽい”ことが起きて、その"っぽい"だけで随分と不安になるんだなあ」と思った。
そんなこともあったので、今回5,6ヶ月月経が来なかった間も、「まあ去年検査して異常なかったしな〜また環境の変化のストレスかな〜」と思ったりしていた。
コロナ前は熱が出ても無理矢理下げられたし、夜更かしや徹夜しても翌日人より元気だったりして、ちょっと自分の体調管理を過信していたところもあり。

とはいえ、そろそろ診てもらって不順は直しとこう、と思って婦人科に行った。割とGoogleのレビューを見て、女性の医師がいらっしゃるところにしたら、一週間くらい先までは予約が埋まっていた。平日昼間にわざわざいく形で、今は融通が効く勤務形態だけどフルタイムになったら大変だ…と思いながら行った。
順番になったら即エコーをされて、数秒で「塊できてますね、内膜症っぽいですねぇ」と言われた。そんなすぐ分かるんだ。
小部屋に案内されて、「子宮内膜症って?」という冊子を渡された。お〜ちゃんと病気やん。と思った。
論文を書いている時も思ったけど、日本語って漢字が5文字以上連なるといきなり堅くて難しい印象になるの、なんとかならないかな。あと「症」と「病」って漢字も必要以上にビビらせる。やまいだれ滅びろ。

ということでネットには色々な情報がある今ですが私がもらった冊子のHP。
www.mochida.co.jp

[ 現状 ]

子宮内膜症は、もともと強い月経痛などで発覚することが多いそう。私は月経自体が無かったのでそれらが全くなくて、月経不順がきっかけだったけどそれはまた別問題ということだった。事実、クリニックに行ったほんの2,3日後に軽いけど月経がきたのだった。なんやなんや。つまり、割とたまたま、卵巣にできた血の塊を見つけられた形だった。いわゆる「チョコレート嚢腫(のうしゅ)」。
左の卵巣に固まってしまっている血が、およそ7cmということで、今の段階なら手術ではなく薬物治療でやってみましょう、ということだった。朝晩と薬を飲み続ける、のだけれど、月経のタイミングと合わせる必要があり、私の場合は今そのタイミング待ちです。副作用はあまりないようだけど、どうかなあ。

[ 気持ち的なところ ]

幸い、特にどこも痛くもないし、身体的な変化もない(まあこの2年で2キロくらい増えたけどこれは悪しきステイホームのアレでは)。最初は驚いたけど、悲しいとかショックという気持ちは今のところは全然ないです。強いて言えば体内に7cmくらいの異物があるんだと思うとなんだか不思議で、こう予兆も自覚もないものが病気として現れるなら今後もわからないよなあ〜という不安は少しできた。でもその他は特に変わりなく、仕事にせかせかしたり溶けそうなほどだらだらしたり。
まあ、一番は妊娠しづらくなる可能性があるということで。これはまだ自分でももやもやしていることだけど、なんとなく20代はとことん仕事をしたいし好きなように休日を過ごしたいと思っていて、それは変わらない、と思う。ちびっこと関わるバイトや活動を長くやったから、ちびっこの可愛さや成長を見守る幸せも少しは分かるし、一方で親の立場になった時にものすごい種類の心配や悩みが伴うのも少しは見ていた。だから30代に入った自分が仕事と子育てを天秤にかけた時にどう思うかとか、そもそもかける気になってるかとか、今は分からないしと30代になる前後の自分に思考を投げていた感覚があった。何より自分一人の意思ですぐ決めて実行とかの次元じゃないし。
でもこう妊娠の可能性がどうこうって話になると嫌でも考えさせられて、数年後の自分に後悔されないようにするにはどうしたらいいんや、みたいに思って、現にこうやってとりとめのない文章を書いている。

正直なところ付き合いも長くなってきたパートナーがいて、この一連を話したけど、「そっか、それは驚いたね」みたいな反応のそれ以上でも以下でもないというか、でもまあそうだよねって思う。自分が男子でもそのくらいの反応かも。そこはあんまり強く心配されても逆に困るし、実際痛みもないわけで何もできないから別に良い。けど、この人もまあ自分の向こう数年後のことなんて考えないんだろうし、まして私の数年後なんてのもなーと思ったりはした。なんとなく、こうやって身体の違いで溝のようなものを感じるんだなーと思ったりした。まあわたしもあんたの痛みは分からないし、ね。そこは他人同士だよね。

あと変化としては、女子ってだけで病気になってお金もかかるのがシャクだから、女子ってだけで買うとテンション上げられる美容液やコスメを買ったりした。ナイスセルフ機嫌取り!



と、まあここまでツラツラと書いたけど、同じ病気を経験している友人が2人ほどいて話を聞けたり、ハロプロの子や有名人が発信していることで私自身必要以上に悩むことがなくなっていたことがあり。それと同じ女性の上司にはためらわずに一応報告ということで伝えることができた。なので、これがもしかしたら誰かのいつかの何かになれば、と思って書きました。全然まだ発覚の段階で、病気も人生もこれからどうなるかわかりませんが!ひとまず文章に残すのは大切!ということで。
女子のみなさん、本当にどうかご自身のお体をお大事にされてください。もちろん女子じゃなくてもです!自分も偉そうなことは言えませんが、何かあったら検診、です!


<追記>
この記事の約2ヶ月後、5日間緊急入院して塊を取る手術をすることになったけど、それはまたいつか。
本当に、世界の女子みんな、ご自愛ください!

生活と文章

今日はセミの抜け殻を2つ見ました。このあいだ、相棒が「生きてるセミアスファルトにいたから脇のプランターの方に持っていっておいたんだ〜。都会で踏んづけられないように。2週間しか地上で飛べないのにかわいそうだから。」と言っていて、「やさしいとこあるね」と返したあと、「いやでも地下の数年がむっちゃくっちゃ楽しくて、地上は案外みんな行きたがってないっていう説はないのか?」と返した。どうなんだろう。なんとなく「セミ 寿命」で調べたら、セミは寿命が13年か17年の周期ゼミという種がいて、素数にすることで交雑するタイミングをずらしているという説が出てきた*1。2009年の記事なのできっとその後色々な説が出ているだろうが、これは美しいなと思った。のを、今日2つ目のセミの抜け殻を見た時に思い出した。


そんなこの初夏、長い長い文章を書いた。名を修論という。
全然書けなくて、論文が書けるタイプ(というか書いたことがあるタイプ)の皆さんにダメ出しと組み立てをしてもらって、なんとかできた。できたと思ったら自分でもびっくりする大作になってしまって、今度は細かいところで直したり整えるのが面倒な量になってしまった。結果として出来上がったものは、まあ自分が置いた高い理想を超えはしなかったけれど、それなりに近づいて、褒めてもらえたりして、嬉しかった。
そして私はいつもそうだなと思った。最初のうちやり方が分からなくてやる気が出ないのだけど、何かのきっかけで目標が見えてきたら突然ブーストして寝食を忘れて進み続け、暴走しかけて最後困りながら終着点を見つけてなんとかするという。そういう感じなので一等賞にはならない(笑)。そういう意味では自分らしく最後まとめられたのかなと思う。
といいつつ、学部の時のように「卒業!〜完〜」ではなく、まだなんだかんだ細く続く道なのでなんとも晴れやかな気持ちでもないのだけれど。

そして7月の終わり一気に余裕が生まれて、8月になってワクチンを打ったら熱が出て、この前まで頑張ってた自分とは思えないくらい作業をする気がなくなった。なのに細かい仕事が残ってるのが恐ろしい。
嘘です。自分に甘いので「人間らしくていいじゃないか」とくらいに思っている。

どのくらい余裕ができたかというとこのブログを書いているくらいで、そうこれは「心の余裕」です。テレビとラジオはまだ忙しくても好きなものだけは見るけれど、映画を観ること、本を読むことは、今の私は気力があって始めてできることになってしまった。昔はもうちょっと気軽に触れてたよなあと思う。なので余裕ができるととても分かりやすくその時間が増える。あと好きな文章を書くという時間も増える。構成を組み立ててもらうサポートを受けず、ただ垂れ流していく文章。忙しい時期だけ手帳が真っ白になるので分かりやすい。こうやって自分のことを少しずつ分かってきて、ってもう25なんですけどね。みんな何歳くらいで分かるんだろうなあ。私は院生になってから掴めた自分のリズムや、分かった自分の特性が多いと思う。
実は体力があることとか。(強いられたものじゃないからかもだけど)徹夜も1日くらいなら特に平気なこととか。でもオールとかは相変わらずよっぽど好きな人たちじゃない限りいやなこととか。5人以上の飲み会は極力避けようとしてることとか。タイピングが速いこととか。考え事多い割に瞬発的に文章にする力が弱いこととか。だからTwitterが平々凡々なアカウントになっていることとか(笑)。いやもっと本質的なことあるけど、言わない!

それで、私はまた創作物にうんと触れて、とりとめのない文章をインターネットにも日記にもノートにも書くような時間が、量として少なくても大切にしたいなあと思って、リハビリのようにまたこの文章を海に放り投げようと思った。最近よくこういうことを思うので、自由があるうちにまた時々は書きたいなあ。本当にそれだけ。

教わったことのない

f:id:fuhlime:20170113220122j:image



去年の大晦日のラジオで、中居くんが「教わったことのない1年でした」と言っていた。
25年もの間、一番輝くスターをやってた人がそう言っていた。*1


わたしはこの1年どうだったかなあと思ってふとこの言葉を思い出しました。もちろんスケールも背景も違いすぎるんだけど。「教わったことのない」はじめて知る気持ち。聞いたことはあるけど〜みたいな、知りかけてはいるけど〜みたいな、簡単に言えば「大変」とか「辛い」とかなんだろうけど、もう少し繊細で幾重にも重なった感情に、ひとに言いようがなくてでも自分でも向き合い方のわからない感情によく出会った気がします。


だけれどいつになっても、壁の超え方ってわからないものだなあと思います。その度に困って弱って、周りの人や過去の自分の様子を見るけど、ぴんと来たことないんだよなあ。もちろん話聞いてもらったり、糧になってる経験に励まされることはあれど。それでもどうにか、気付いた時にはなんでもないような顔ができていたりして、「強くなる」「大人になる」ってこういうことかぁって、なんとなく淋しくなる。もうわたしは壁超えられちゃうんだなぁ、みたいな、ポジティブなことなはずだけれど、意外とそれだけでもないんだなぁとか、思う。そのことも、「教わったことのない」ことだった。



でもずっと、「たいへんな思いをした人ほど、やさしくなれるんだよ」と、中学時代に母がくれた言葉がわたしを守ってくれてるような気だけは、しています。


そんなことを思う、今学年最後の日。単位もらえますように…。

*1:放送は最初から最後まで聞いたよ、と一応記す

はしゃぐ

f:id:fuhlime:20160710124403j:plain


夏だ!海だ!花火だ!ビールだ!
ミーハーだからそういうの全部やりたくなってしまう。
ちょっと遠出して太陽をさんさんに浴びながら呼吸をすると、漠然とわたしは夏の子どもだなあと思う。

7月生まれ、はしゃぎ時は夏休み。
部活とか受験勉強とか、今だって課題もあるし、
(なぜだかさっぱり分からないけど)夏っていつも救いようのない悩みがあるから、すぐにセンチメンタルになったりするし
でも夏のわたしは、いつでもはしゃげる準備をしてると思う。だからお願い、はしゃがせてくれよ、と思う。


それと、暑い暑いって言いながら、制服着て裸足で屋外プールの掃除だけはしたかった。


この話したらドン引きされたことあるな…
結局日陰で涼んでるのが落ち着くタイプなのかな……

週末の言葉



週末、フィールドワークとは名ばかりに、遠方へ出かけてきました。朝一で本来の目的の現地調査もどきをして、海を見て、温泉に入って、民宿で昼寝をして、美味しいご飯を食べて帰りました。3週間に1回は緑か青に囲まれたいなと思うのだけれど、朝4時台に家を出てフルで遊んだ結果数日ぐったりしているというのは元も子もないような、そんなこともないような…。
その疲れが取れた時が本当のリフレッシュ時なのでしょうか。




その週末にいい言葉をもらった。


「傷つくことも楽しめるようになってきたから、もうこっちのもんよ」
バイト先のカッコイイ女の人が言ってたカッコイイ言葉。名言集で引けば出てくるかもしれないけど、一回り近く違う生身の人間から発せられたら、こりゃ〜痺れる。わたしもいつかこんな風に言えるようになれたらなあ。言いたい。



「『七転び八起き』は立ってるところスタートなのが良いよね。転んだら起き上がるしかないからさ。」
こちらとてバイト先の先輩の言葉。お互いの座右の銘的四字熟語を探した後、『七転八起』と『七転八倒』の違いに混乱した後、の話。言われてみればそうなんだけど、転んだらよいしょと立ち上がればいいんだなあとぼんやり考えてた。